昭和ノオト
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個人的昭和ノオト |
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| その映画館は天神1丁目の少し中に入った道路に面した入り口から、
地下に降りていった所にあった。派手な看板などなく、よく見ないと
通り過ぎてしまいそうな正面。出窓のようなガラスケースに、上映中の
ポスターと上映時間のスケジュールの紙が貼ってあるといった、
およそ映画館の外見をしていなかった。 その頃はまだミニシアターという呼び名も、シネコンという施設も影も形も ない時代。天井の高い一度に多くの客を収容できる大型の映画館が主流で、 そのシアターは普通の半分の大きさしかなかったように思う。 当時の僕はというと、大学を卒業後、福岡の会社に就職して吉塚に1人暮らしを していた。仕事は電話営業だったので、残業も多くたいてい帰りも遅かったが、 土曜はなぜか残業のない日が多かった。仕事が早く終わると、天神で夕食を 食べるのが楽しみで、その日も食事をとる前にうろうろしいるところだった。 お客はまばらしかいない。もっともウィークエンドの夜に、他にたくさん映画 があるにもかかわらず、”ジャズの記録映画”をみようなんて思う”ヘソ曲がり” はそういないに違いない。だが、僕は学生時代サークルでジャズのビッグ・バンドに 入っていて、ジャズの洗礼をとっくに受けていたので、その”ヘソ曲がり”の1人 であった。とはいうものの、古いジャズにあまり興味のなかった僕は、そう期待しな いで入ったのである。 明かりの落ちた館内で、映写機の回る音と、浮かび上がる光の画面を見ていると、 不思議にタイム・スリップしてそのコンサートを目の前でじかに見ているような感覚 になる。ルイ・アームストロングは映画「ハロー・ドーリー」で歌ってトランペット を吹いているのを見ただけだったが、前からのファンであったかのように心に響いた 。アニタ・オデイの「スイート・ジョージア・ブラウン」は普通のテンポより少し遅 めに、元の曲をずいぶんくずした歌い方でセツセツと歌う。声を張り上げるだけが 熱唱ではないことに気づく。その他にも初めて見聞きするプレイヤー達。もう歴史の 生き証人になったかのようである。おだやかな熱っぽい時間が流れていく。実際にコ ンサートを見れた人達がうらやまかった。そしてラストはマヘリア・ジャクソンの 歌唱へ。ゴスペルはもともと黒人達が神に捧げた歌だが、彼女の歌には体の底の方か ら震えが走った。天上界への道標がそこにはある。魂がすいこまれるようだ。 ただのヒマツブシのつもりが、映画一本で”至福の時”を迎えることが出来ようとは。 ジーンときた。ますますジャズの深みに落ちていく。 電灯の消えた天神の街並を帰途につく。今はどうか知らないが、その頃の天神ときた ら、夜8時を過ぎるといっせいに店じまいしていた。その時間を越えると食事をするの にも困るくらいだ。やっと一軒開いているレストランに入って食事をとった。残念な がら何を食べたか覚えていない。 あと3年も経てば、昭和が終わってしまうなんて思いもしない夜の出来事だった。 というわけで、スイセン曲は”真夏の夜のジャズ”より” アニタ・オデイ 「スイート・ジョージア・ブラウン」です。 |
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